作家、村上春樹のエッセイ集

初めてプリンストンを訪れたのは1984年の夏だった。F・スコット・フィッツジェラルドの母校を見ておきたかったからだが、その7年後、今度は大学に滞在することになった。二編の長編小説を書き上げることになったアメリカでの生活を、2年にわたり日本の読者に送り続けた16通のプリンストン便り

この作品は基本的にはエッセイ集の範疇を出ない。内容はアメリカでの生活で気づいた奇妙な部分や笑える話などで、エッセイというには1回分の文章量が多く、軽く読めるが読み応えもあるというような作品になっている。この作品を書くに当たっての作者のスタンスというものは重要だと思うので、それについて言及している文章をあとがきから少し引用させてもらうことにする

僕はこの本を書く前にも、旅行記というか滞在記のようなものを一度出したことがある。「遠い太鼓」というのがそれで、僕はその本の中で約三年にわたるヨーロッパ滞在についての文章を書いた。でも今考えてみると、そこに収められている文章の多くは「第一印象」或いはせいぜい「第二印象」によって成立していた。僕はずいぶん長くそこに滞在していたわけだが、結局のところは、通り過ぎていく旅行者の目で周りの世界を眺めていたように思う。それが良いとか悪いとか言うのではない。通り過ぎる人には通り過ぎる人の視点があり、そこに腰を据えている人には腰を据えている人の視点がある。どちらにもメリットがあり、死角がある。必ずしも、第一印象でものを書くのが浅薄で、長く暮らしてじっくり物を見た人の視点が深く正しいということにはならない。そこに根を下ろしているだけ、かえって見えないというものだってある。どれだけ自分の視点と真剣に、或いは柔軟に関わりあえるか、それがこういう文章にとって一番重要な問題であると僕は思う

実際、この作品はあくまで軽妙な語り口ながら、アメリカでの様々なトピックを紹介するだけに留まらず、それについての作者の真剣な意見をまとまった形で読むことが出来るものになっていて、エッセイというには多少重みがあるかもしれない。最終的には作者自身の作家としての位置について考察してみたりと、他のエッセイ集には無いシリアスな姿勢を見ることができる。この作家のエッセイ集はほとんど持っているが、何度も繰り返し読むに値するものはこの作品くらいではないかと思う

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